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「ウナ・セラ・ディ東京」に、芸術的なチップキックを押し込まれる。

ザ・ピーナッツの「ウナ・セラ・ディ東京」は、昭和の東京オリンピックが開催された1964年の邦楽ヒット曲。

おばさんの私も生まれてないんだが、小学校前とかはピーナッツは普通にガンガンテレビに出ていたので、きっとどこかでは聞いたんだろうと思う。

でも、意識を持ってこの曲に接したのは高校生のとき。

私は吹奏楽部だったんだが、楽譜を保管していたロッカーからいろいろ楽譜を引っ張り出して見ていたら、「ウナ・セラ・ディ東京」が出てきた。

ブループリントだったんだよね。

当時私たちはそれを「青コピー」と呼んでいて、古い楽譜の代名詞だった。
もちろん手書き

「うわ、青コピーだ!(笑)」という感覚でおもしろ半分にメロディ譜を読んでいったら、ものすごくいいメロディだってことがわかった。

ピアノ譜で軽くピアノを弾いてみたら、コードもジャズの香りがしてすごくいいの。
で、「これ、やろうよ!」と提案したが、高校生にはこういう昔の音楽はウケるわけもなく、ボツ。

しかし社会人バンドになってからあるパーティでの演奏を頼まれて、「『ウナ・セラ・ディ東京』やろうよ!」と言ったらみんな賛成してくれて、晴れて演奏することになった。

東京オリンピックの頃には生まれていた先輩団員もたくさんいたし、この曲の良さを知っていたんだね、きっと。

パーティもお金持ちのおじさま(今の私よりもずっと上の年齢層)がたくさん集うようなものだったので、ウケも上々。

楽しく演奏できた。

 

この曲は元々は1963年に「東京たそがれ」という曲名でリリースされていて、岩谷時子作詞、宮川泰作曲、東海林修編曲という超一流のクリエイターの作品。

セールスがイマイチだったが、翌年カンツォーネの女王と言われたミルバが来日時に歌って火がついたそうだ。

で、曲名も「ウナ・セラ・ディ東京」に改題。爆発的にヒットした。

再発売時のアレンジはたぶん宮川泰本人だと思うが、テンポを上げたりちょっとアレンジを変えたりはしているものの、東海林修の編曲をほぼ踏襲している。

 

ウナ・セラ・ディ東京

ウナ・セラ・ディ東京

 

マリンバを使っているところが60年代風でなかなかいいし、間奏のトロンボーンソロが短いがすごくいい。

ここをトランペットにしなかったのはなかなかにやるなあと思わせる。

中低音を効かせて、大人っぽく、アーバンにしてるのかも。

弦も上品だし。

その後も再録時にはいろいろアレンジを変えていて、YouTubeでいろいろ楽しめる。

 

ところで宮川泰さんって「宇宙戦艦ヤマト」の作曲者としても有名だけど、亡くなってもう8年も経つんだね。

でもこうして作品でまだ繋がることかできる。

音楽でも絵でも本でも建築物でも映像でも、後世に何かを残すって素晴らしいことだ。

でも、作られたものというのは、忘れ去られたり破壊されたりする可能性もある。

国立競技場だってそうだ。

作る時はそんなこと思わず作るけど、あえてそこを意識して何かを作ると、どういうことになるんだろう。

刹那というのとも違うよな……

と、考えていたら、耳から聞こえてくるじゃないか。

ウナ・セラ・ディ=ある日のたそがれ(イタリア語)。


たそがれる。

サウダージ

追憶。

 

この曲の歌詞

 

悲しいこともないのになぜか 涙がにじむ ウナ・セラ・ディ東京 m〜

 

いけない人じゃないのにどうして 別れたのかしら ウナ・セラ・ディ東京 m〜

 

街はいつでもうしろ姿のしあわせばかり ウナ・セラ・ディ東京 m〜



これといって理由がないのに悲しくなって、おそらくこれといった理由もなく自分からふったであろう恋人を思い出して恋しがってる。

仕事が終わって楽しそうに、しあわせそうに東京の街に散っていく人たちが見えるのに、それを「うしろ姿のしあわせ」と、これといった理由もなく悲観的に言う。

トワイライトゾーンに完全にハマってるではないか!

 

「この歌は名曲 でもいつか忘れ去られるのかも ウナ・セラ・ディ東京 m〜」。

(すみません、勝手に作詞しました)

 

これといった理由はない。

ただ、作り上げられたものは壊れ、忘れ去られる。

残る理由があるものだけが、この世に残っていく。

いや、「残る理由も ないのになぜか 残ってしまう ウナ・セラ・ディ東京 m〜」なものもあるのかも。

(すみません、また作詞しました)