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もう会えないあの人に送る『手紙』を、ナオトがハート・ウォームフルに歌う

 

知人がナオト・インティライミのファンということで、今回はナオトの記事を加筆訂正してアップ。

 

ナオト

naoto-poper.futureartist.net

 

ちゃうちゃう。

 

ナオト

ameblo.jp

 

もういい。

最初に書いてるじゃん、ナオト・インティライミって。

 

ナオト・インティライミの『手紙』って、もう3年半も前にリリースされた曲なのね。自身12枚目のシングルなのだけど、2年前にリリースされた初のベストアルバムにも収録されているので、また新たな気持ちで聴いた方も多いのでは。

 

 

「痛み」が「誇り」に変わるとき

『手紙』のMVは、とても感動的。

泣けるけれど、心が温かくなるような映像なのだ。

ゴムボールのような柔らかくて丸いものが出てくるのだけれど、ナオトはそれを「不思議なシャボン玉」と言っている。

「不思議なシャボン玉」は空から森にたくさん降りてきて、歌うナオト、というか、歌詞に出てくる「僕」と出会ったり、日常を送っているであろう机の上に現れたりする。

時にシャボン玉は破裂して消えてしまい、「僕」を戸惑わせる。

しかし太陽(歌詞ではそれを「まるで夏花火」と歌っている)がシャボン玉に映し出されると、別のシャボン玉には「君」の姿が照らし出され、シャボン玉はそれ以降破裂して消える事はなくなるのだ。

机の上に現れるシャボン玉には、2人が写ったり、動物や花や音符など、2人が行った場所や、一緒に聴いた音楽なのかな〜と想像させるイラストが浮かび上がる。

浮かび上がったものが、歌詞に出てくる「君花」だったり「君音」だったり「君色」なんだろうな〜と想像できる。

そしてたくさんの思い出を映し出した不思議なシャボン玉は、今度は次第に上っていき、空へと向かう。

苦悩が浄化され、会えない「君」へ

「僕は元気だよ。君も元気だと言ってくれ」

と、笑顔で「僕」が伝えているようだ。

 

「君」は遠くで元気に暮らし、「僕」を見守っている

『手紙』は、もう離れ離れになってしまった恋人に宛てた歌なのだが、曲自体も別れの辛さや切なさよりも温かさが全編から感じられる。

まず、イントロのアコースティックピアノがとても美しく、そこでもうウォームフルな気分になる。

かすかに聞こえるアコースティックギター、そしてドラムセットの音は、どこかホッとさせるものがあり、これも気持ちを暖かくしてくれる。

メロディ自体もミディアムテンポで、そこに歌詞1字1字がしっかり乗り、ナオトがとても大切に歌っているのが伝わってくる。

ずっとずっとこの想い 空に向かって風にのせて 届けようか

泣いて泣いても君は戻らない だけどずっと 一番近くにいる

 こういう歌詞を見ると、「恋人は亡くなってしまったんじゃないか」と想像する人もいると思う。

そうなのかもしれない。

歌詞から連想することは人それぞれ自由で、だからこそ音楽は楽しいんだと思う。

養老孟司がその著書『死の壁』で「肉親や友人・知人が亡くなったとき、『あの人はどこかずっと遠くで、元気にやっている』と思っていてもいいのではないか。そのくらい生と死の間を、曖昧にさせておいてもいいのではないか」といった主旨のことを書いている。

これは未練なんかじゃなくて まぎれもなく 揺るぎない 僕の「誇り」

「僕」は「君」と出会えて、「君」の一言で救われて、「君」に背中を押されて、コンプレックスも笑えるようになったことを「揺るぎない僕の誇り」だと感じている。

別れは、そのときは痛みだったかもしれないが、今の「僕」にとっては「君」との出会いや獲得した強さは「揺るぎない誇り」になっているのだ。

そして「君」が誰よりも「僕」の一番近くにいると感じている。

だから、「夏花火」のような太陽に

君の居場所を照らしてよ それだけでいい

と祈る。

太陽に照らされた「君」は、簡単に会えないどこか遠くの場所で元気に暮らしているだろうと「僕」は思う。

その太陽は、間違いなく「僕」の心をも照らし、ほんのりと暖かくさせているのだ。

 

もちろん、亡くなった恋人への手紙だと想像してもいいと思う。
『手紙』は、そういう包容力のある曲なのだ。

 


ナオト・インティライミ - 手紙 from 「THE BEST!」